2012年12月9日日曜日

文楽 = 削ぎ落とした表現

人形浄瑠璃の公演を観せていただいた。


http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2012/1780.html

人形を使った舞台なので、ヒトが演じるものに比べ、当然、動きや表現は限られる。

だからこそ、観る者の感情が入り込める余地が、より大きくなる。
繊細な顔の動きや手の動きで、悲しみや憎しみ、喜びが、表情が変わらない筈の人形から溢れ出すように伝わってくる。

いろんな要素を削ぎ落とすことで、表現がより強くなってることに気がついた。

この人形浄瑠璃も、まさに、岡倉天心が説いた

「 True beauty could be discovered only by one who mentally complete the incomplete.  」 
「不完全の美を自らの内で完全にできる者のみが真の美を見出せる」

という、日本の美意識で説明されるように思う。


幕間に、苅萱桑門筑紫いえづと(かるかやどうしんつくしのいえづと) 守宮酒の段で、女之助を演じられた、人形遣いの吉田勘彌(かんや)さんに楽屋でお話を伺った。

「初めは人形が重い、が、チカラを入れなくても、数時間、人形を使えるようになる。だんだんと余計なチカラが必要なくなる。」

やはり、余計なチカラを削ぎ落とすのが、繊細な表現の奥義なんですね。
勘彌さん、有難うございます。

表現者として、日本の美意識に多いに共感した1日でした。



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